【有楽(ユウラク)】

意味

東京都千代田区。織田長益は、茶の湯に秀でていた。有楽町は、かれの江戸邸があったことから名づけられた。

有楽町

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詳細説明

有楽町(ゆうらくちょう)の地名の由来は、一説によれば、織田信長の弟であり茶人としても名を知られた織田有楽斎(おだうらくさい、織田長益)に由来するとされ、彼が徳川家康の治世時代に数寄屋橋御門の周辺に屋敷を与えられ、その地が「有楽原(うらくがはら)」と呼ばれるようになったことから、明治時代に「有楽町」と名付けられたと考えられていますが、これについては歴史地理学者の吉田東伍が、有楽斎が江戸に屋敷を構えていたという事実は確認されておらず、彼が主に大和国などに領地を抱え、徳川家康とは距離を置いた生活を送っていたことや、江戸に長期間住んでいたはずがないと反論しているため、その由来には異説も存在し、さらに株式会社ディラナダチ代表の小林明は、茶人たちの集った数寄屋町が有楽斎と結びついて定着した可能性があると指摘しており、この地名の由来については確証を持った統一的な説は今現在もなく、千代田区公式ホームページにもこの異説が記載されている状況となっています。