【柳生(ヤギュウ)】

意味

奈良市柳生町。柳生は、最初「楊正」として、大同三年(八〇八)『大同類聚方』に見えている。

柳生

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詳細説明

奈良市北東部の柳生(やぎゅう)は、古くは《和名抄》に添上郡楊生(やぎゆう)郷としてその名が記され、春日社領神戸四ヵ郷のうちに大楊生郷、小楊生郷が存在する地域であり、江戸時代には将軍家の剣術指南役であった柳生氏が1万石を与えられた地として、柳生宗矩が1836年に大名に列し、陣屋を正木坂に置いた痕跡が残っています。この地域は柳生氏の出自により柳生と名付けられ、有名な剣術流派である新陰流の剣法を伝える柳生宗矩や彼の父宗厳など多くの剣客が輩出され、その後江戸時代には大名として名を馳せました。また、柳生氏の菩提寺である芳徳寺や、柳生藩主墓所、歴史的遺構である柳生徳政碑、神社や寺院、史跡が点在するなど歴史的価値が高く、観光資源としても豊かな地であります。地域は大和高原の小盆地にあり、柳生花しょうぶ園など自然にも恵まれており、農村地区としては米作や茶の栽培が行われていることでも知られています。また、地域には太鼓踊が奉納される山口神社があるなど、伝統文化も色濃く継承されており、柳生街道や国道369号が通じる現在も、歴史と自然が結びつく独特な地域魅力を有しています。