【紫野(ムラサキノ)】
意味
延暦十四年(七九五)に桓武天皇が「紫野」に遊猟に訪れた記事が史料上にみえる早い例である。
例
紫野
他


詳細説明
紫野(むらさきの)は、京都市北区南部に位置する地名で、平安時代には平安京の北方を覆う広大な地域であり、紫草を栽培する野からその名が由来し、朝廷の狩猟地としても知られ、洛北七野の一つに数えられ、平安時代の代表的な貴族の遊猟地であったとされ、大徳寺の立地にあたる一帯は禁野として保護され、またこの地には「紫野斎院」があったため多くの和歌に詠まれたことが歌枕としての価値を高め、その後、船岡山や今宮神社、大徳寺が整備されることで、地域の宗教的および文化的な中心地としての役割を果たし続けた。