【鹿路(ロクロ)】

意味

古来、この地域は良材の産地であることから、鼓筒の製作者が多く住んでいた。

鹿路

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詳細説明

西鹿路山村は佐賀県神埼郡脊振村に位置し、その地名「鹿路(ロクロ)」の由来は、古代からの鹿路地域における人の移動や集落の形成、縄文時代からの地域の歴史と共に、平安時代の惟喬親王が京都から木地職を携えた集団を連れて現地に入植し、また、奈良の「葛城」地域との関係を持ちながら、轆轤集団を主な担い手とする木地師が地域社会を形作り、この木地師の技術と信仰が脊振にもたらされたことに起因しており、さらにこの地域は、日本の歴史的移住ルートの一部として、九州北部を縦断する古代の文化と交易の交差点的な役割を果たしていたため、様々な民族や文化がこの地で交錯、融合し、一つの地域コミュニティを形成していく過程で、この地名鹿路(ロクロ)が定着したとされています。