【葦鹿(アシカ)】
意味
かつて日本でも広くみられ、海嘘・うみかぶろとも呼称された。
例
他
歴史地名
現代地名
詳細説明
浦賀の「葦鹿(あしか)」という地名は、「新編相模国風土記稿」によると、三浦郡西浦賀分郷の海域に位置する「海鹿島(あしかしま)」から名付けられたとされています。これは、江戸時代にこの地域で多数の葦鹿が冬季に特に集まり、その肉が非常に美味とされていたためであり、葦鹿が常に上陸して休息を取る島であったことから名付けられたと記録されています。この島の地理的特徴についての考察の中では、海から約1.09km離れた場所に位置しているため、近隣の海上から見えるわけでもなく、古絵図ではあくまで図中に収まるように描かれているため、やや遠景に描き直されています。海鹿島が当時、浦賀奉行によって鉄砲で葦鹿を捕獲させていた場所でもあり、「風土記稿」では、享保年間以降、浦賀奉行が直轄でその活動を指示していたことが記載されています。このように、地名「葦鹿」は、その背景に特定の動物の生息や人々の活動が大きく関与しており、地域の歴史や風土を物語る興味深い由来を持っています。